涌井秀章の年俸・年俸推移|2026年7000万円、最高年俸・生涯年俸も解説

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涌井秀章の年俸をまず確認
2026年版
2026年年俸7000万円前年比2000万円減
最高年俸2億5300万円2011年・西武
推定生涯年俸約32億2550万円2005〜2026年の推定額を合算
プロ年数22年2005年〜2026年
中日移籍時1億円2023年
新人年俸800万円2005年・西武

涌井秀章の2026年の推定年俸は7000万円です。2025年の9000万円から2000万円減、率にすると約22%ダウンで契約を更改しました。

それでも、2005年に年俸800万円でプロ入りしてから22年間にわたり現役を続け、最高年俸は2011年の2億5300万円。各年度の推定年俸を積み上げると、生涯年俸は約32億2550万円に達します。

この記事では、涌井秀章の2026年年俸、22年間の年俸推移、最高年俸、生涯年俸、球団別の累計、年俸が大きく上がった時期・下がった理由、2011年の年俸調停、ロッテ・楽天・中日での契約まで詳しく整理します。

涌井秀章の2026年年俸は7000万円

2026年の涌井秀章の推定年俸は7000万円です。

2025年11月30日に中日ドラゴンズと契約を更改。スポニチによると、2025年の9000万円から2000万円減の7000万円でサインしました。

2026年契約
9000万円 → 7000万円、2000万円ダウン

2025年は12試合で4勝6敗、防御率4.12。シーズン途中に約2か月戦列を離れたこともあり、22%減となりました。

中日の2026年推定年俸一覧では、涌井投手は7000万円でチーム10位タイ。40歳を迎えるベテランとしては依然として高い評価を受けています。

契約更改の席では、2026年に向けて「1年間、1軍で投げ続けること」を目標に掲げ、「まだまだやりたい」と現役続行への意欲も示しました。

涌井秀章の年俸推移|2005年800万円から2026年7000万円まで

涌井秀章の年俸は、横浜高校から西武へ入団した2005年の800万円からスタートしました。

その後、最多勝や沢村賞を獲得した西武時代に一気に上昇。20代前半で2億円を突破し、2011年には2億5300万円まで到達しています。

年度 所属 推定年俸 前年比
2005 西武 800万円 —
2006 西武 950万円 +150万円
2007 西武 3500万円 +2550万円
2008 西武 8500万円 +5000万円
2009 西武 1億2000万円 +3500万円
2010 西武 2億2000万円 +1億円
2011 西武 2億5300万円 +3300万円
2012 西武 2億1000万円 -4300万円
2013 西武 2億2000万円 +1000万円
2014 ロッテ 2億2000万円 ±0
2015 ロッテ 2億2000万円 ±0
2016 ロッテ 2億2000万円 ±0
2017 ロッテ 2億5000万円 +3000万円
2018 ロッテ 2億円 -5000万円
2019 ロッテ 2億円 ±0
2020 楽天 1億2500万円 -7500万円
2021 楽天 1億6000万円 +3500万円
2022 楽天 1億1000万円 -5000万円
2023 中日 1億円 -1000万円
2024 中日 1億円 ±0
2025 中日 9000万円 -1000万円
2026 中日 7000万円 -2000万円

年俸は多くの年度で報道ベースの推定額です。特に過去年度は媒体によって一部の金額に差があります。本記事では、NPBの公式資料や当時の契約更改報道を優先し、整合する金額で一覧化しています。

年俸推移をグラフで見る

主な年の推定年俸
2005800万
20091.2億
20112.53億
20172.5億
20211.6億
20241億
20267000万

グラフにすると、西武時代に急激に年俸が上がり、その後もロッテ時代まで2億円前後を長く維持していたことが分かります。

最高年俸は2億5300万円|2011年は年俸調停で決定

涌井秀章の最高年俸は、2011年の2億5300万円です。

この年の年俸は通常の契約更改だけで決まったわけではありません。西武球団と涌井投手の交渉がまとまらず、NPBの参稼報酬調停によって金額が決定しました。

NPB公式資料

2011年度の参稼報酬は2億5300万円と決定

NPB「参稼報酬調停の要旨」を読む →

NPBの公表資料によると、西武側は2億2000万円の現状維持を提示。一方、涌井投手側は当初3億円を主張し、その後2億7000万円、最終的に2億5000万円を希望しました。

調停委員会は、2010年に14勝8敗を挙げた成績や、それまで5年連続で2桁勝利を記録していた安定感、西武のエースとしての期待度などを評価。最終的に前年から約15%アップとなる2億5300万円を決定しました。

年俸調停
球団提示2億2000万円 → 調停で2億5300万円

涌井投手の年俸史を語るうえで最も特徴的な出来事。NPBが公式に金額と判断理由を公開しています。

年俸が推定で報じられることの多いプロ野球界で、2011年の2億5300万円はNPB公式資料に明記された金額です。

2017年にはロッテで2億5000万円|再び最高水準へ

2013年オフ、涌井投手はFAで西武からロッテへ移籍しました。

ロッテでは2014〜2016年の3年間を推定2億2000万円でプレー。2015年には15勝9敗で最多勝を獲得し、チームのクライマックスシリーズ進出に貢献しました。

2016年シーズン後の契約更改では、推定3000万円アップの2億5000万円でサイン。Full-Countは、新たに3年契約を結んだとみられると報じています。

2011年の2億5300万円にはわずかに届きませんが、30歳で再び2億5000万円まで年俸を戻しています。

楽天移籍で1億2500万円までダウン→最多勝で1億6000万円へ

2019年オフ、涌井投手はロッテから楽天へ金銭トレードで移籍しました。

移籍時の契約更改では、2億円から7500万円減となる1億2500万円+出来高でサイン。大幅ダウンでの新天地スタートとなりました。

しかし2020年は20試合に登板して11勝4敗、防御率3.60。西武、ロッテに続き史上初の3球団で最多勝を獲得しました。

その結果、翌2021年の年俸は3500万円増の1億6000万円へアップしています。

2億円ロッテ
3勝7敗
1億2500万円楽天移籍
11勝4敗
1億6000万円最多勝評価
+3500万円
1億1000万円楽天最終年
4勝3敗

年俸は一度大きく下がっても、結果を残せば再び上がるという、涌井投手の長いキャリアを象徴する時期です。

中日移籍後の年俸|1億円→9000万円→7000万円

2022年オフ、涌井投手は阿部寿樹とのトレードで楽天から中日へ移籍しました。

中日1年目の2023年は推定1億円。2024年も現状維持の1億円で契約を更改しています。

1億円中日1年目
5勝13敗
1億円現状維持
3勝5敗
9000万円-1000万円
4勝6敗
7000万円-2000万円
40歳シーズン

2024年11月の契約更改では、2024年に16試合で3勝5敗、防御率3.07ながら右広背筋の肉離れで離脱したこともあり、1000万円減の9000万円となりました。

さらに2025年は12試合で4勝6敗、防御率4.12。約2か月戦列を離れたこともあり、2026年は7000万円まで下がっています。

公式動画
中日での契約更改会見を見る

中京テレビスポーツ公式チャンネルによる2024年の契約更改動画です。

生涯年俸はいくら?推定約32億2550万円

2005年から2026年までの推定年俸を、本記事で採用した年度別金額で合算すると、涌井秀章の推定生涯年俸は約32億2550万円です。

球団別に分けると、最も多いのはロッテ時代。次いで西武時代となります。

球団別の推定年俸累計
2005〜2026
西武約11億6050万円2005〜2013年
ロッテ約13億1000万円2014〜2019年
楽天約3億9500万円2020〜2022年
中日約3億6000万円2023〜2026年

この金額には、ドラフト入団時の契約金、出来高、スポンサー契約、CM出演などは含めていません。あくまで各年度の推定基本年俸を合計したものです。

なお、過去年度の年俸は媒体によって一部異なるため、「生涯年俸」も集計サイトによって差があります。本記事では、2010年の2億2000万円と2011年の2億5300万円についてNPB公式の年俸調停資料と整合する金額を採用し、2017年は当時の契約更改報道に基づく2億5000万円を採用しています。

新人800万円から最高2億5300万円まで約31倍

涌井投手の新人時代の年俸は800万円。最高年俸2億5300万円は、その約31倍です。

特に年俸が大きく上がったのは、2007年から2011年にかけてでした。

3500万円17勝で最多勝

高卒3年目で17勝10敗。前年950万円から大幅アップ。

1億2000万円16勝・沢村賞

211回2/3を投げて16勝6敗、防御率2.30。エースとして評価を確立。

2億2000万円2億円台へ

沢村賞シーズンの評価が反映され、一気に球界トップクラスの年俸へ。

2億5300万円自己最高

14勝8敗と長年の安定感を評価され、年俸調停で最高額に到達。

単年の大活躍だけではなく、5年連続2桁勝利を続けたことが高額年俸につながりました。

涌井秀章の年俸は成績とどう連動してきた?

涌井投手の年俸推移を見ると、単純に「勝利数が多ければ翌年上がる」というだけではありません。

先発ローテーションを年間通して守ったか、投球回、タイトル、故障の有無、複数年契約、FAやトレードといった要素も大きく影響しています。

たとえば2009年は16勝6敗、沢村賞を獲得。翌2010年の年俸は2億円台へ大幅に上昇しました。

2020年は楽天移籍1年目に11勝4敗で最多勝を獲得し、翌2021年は1億2500万円から1億6000万円へ3500万円アップ。

反対に2024〜2025年は、故障や一軍登板数の減少もあり、1億円→9000万円→7000万円と段階的に下がっています。

2027年の年俸はどうなる?

2026年シーズンは12試合に登板して4勝3敗、防御率3.92。前年の4勝6敗、防御率4.12から数字を改善しました。

ただし、2027年の契約更改はまだ行われていないため、現時点で来季年俸は決まっていません。

40歳で一軍先発として4勝を挙げ、通算170勝まで到達したことはプラス材料です。一方、登板数は12試合で、年間を通して先発ローテーションを守ったわけではありません。

2027年の契約が正式に発表されたら、本記事の年俸表も更新します。

よくある質問

涌井秀章の2026年の年俸はいくら?

推定7000万円です。2025年の9000万円から2000万円減で契約を更改しました。

涌井秀章の最高年俸はいくら?

2011年の2億5300万円です。この年は西武との交渉がまとまらず、NPBの参稼報酬調停で金額が決定しました。

涌井秀章の生涯年俸はいくら?

本記事で採用した2005〜2026年の推定年俸を合算すると約32億2550万円です。過去年度は推定額のため、集計元によって総額に差があります。

涌井秀章の中日移籍後の年俸は?

2023年1億円、2024年1億円、2025年9000万円、2026年7000万円です。

涌井秀章の新人時代の年俸はいくら?

2005年の推定800万円です。そこから最高2億5300万円まで上昇しました。

涌井秀章の2027年年俸は?

2026年10月時点ではまだ契約更改前で、正式な金額は決まっていません。

出典・参考資料